日々のこと15

演歌を語ろう/其の二


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 (日々のこと14からの続き)

 
及川
そうですね。
やっぱりぼくは東京で生まれ育ったわけではないし、
こういった都会に出てきたのは、ここ六年ぐらいのことなんですね。
それまでは北海道で育って、割りとそういうふうにいなかで、
北海道って古いところじゃないですけど、それでもやっぱりいなかで、
何となく心に降れることが多いですね、
都会より、近所とのつきあいとかいろいろありますし、そういう環境が、ぼく、
いま演歌が好きだということに影響してるんじゃないかと思うんですけど。

池田
あなたのお書きになった詞をよく拝見というか、拝聴してるんですけど、
意外に演歌的な形態が、そういう詞の形態が多いんですね。
こんなこというと、フォークの人にぶん殴られるかもしれないけど、
フォークの人たちがお書きになったものを見てますと、わがままいっぱいの、
日常の言葉を出すのは構わないんですが、
この人一体、伝統とか、カリカチュア、カルチャーを
どういう風に考えているんだろうか、という気になるんですね。
いまいい間違えましたけどね、
いかにも自分が戯画化された存在みたいな感じがするんですけど。
これは、よほど俺が古いのかしら。

及川
いや、ぼくはフォーク・ソングっていうのは…
ぼくがフォーク批判になってしまっては話にならないかもしれませんけど、
フォークっていうのはおしつけがましいですね。
ほとんどの場合。ぼくは24歳ですけど、24歳のぶんだけおしつけがましいです、ね。
書くものが。自分ですごく嫌ですね。たとえば、ぼくは外国語がわからないし、
嫌ですけど、フランスのジョルジュ・ムスタキっていうシャンソンのシンガーが好きです。

池田
ぼくも好きです。
  
及川
あ、そうですか。それでジョルジュ・ムスタキは、すごく新しいことをやっているようにしながら、
彼自身は、私は伝統の音楽をやっているというんでね。
で、ぼくも、新歌謡派ということをちょっと置いておけば、
もしかするとすごく短いのかも知れませんが、伝統の音楽をやりたいと思うんです。

池田
いまいなかの話が出ましたけれど、ここらへんでひとつ、
いかにも演歌だという歌を及川くんに聞いてもらって、どう感じるか…

☆泣けた泣けた こらえきれずに 泣けたっけ
  『別れの一本杉』春日八郎

池田
春日八郎をお聞きになりまして、ズバリ、どんな風に感じられます?

及川
まずすごく泣かせるメロディだなぁと思いますけど、
詞について正直言っちゃって、ちょっと違うかなぁと思います。

池田
どういうところが?

及川
なぜっていいますとね、ぼくの求めているのは、作られた世界っていうのが、
ぼくの中て゛の流行歌の世界なんです。
つくられているから安心して聞いていられるっていう。
そうしたいなぁっていう反面、
今日最初に話したおしつけがましくなったりするぼくの部分があって、
それは何とかつくられた部分じゃない、
生の部分を出してみたいなぁという、ぼくの心があるんですね。

池田
なるほどねぇ。

及川
ですから、生の部分であるぼくにとつては、ちょっと違うかなぁと思っちゃうんですね。

(以下消失)

 
   ここまでがこの時の対談で残ったもののすべてである。
池田さんの主流派としての率直な疑問にぼくもなんとか答えようといじらしいほどである。
ジョルジュ・ムスタキのことなどはほとんど無知なあまりの作り話になっている。
ムスタキはエジプト生まれのギリシャ人である。
パリでの貧乏生活ののち
エディット・ピアフに見出されて脚光をあびるまでの艱難辛苦はそれなりのものであっただろう。
彼がフランス文化の伝統を内心どう評価していたかなど、分かるはずもない。
もし肯定的だとしても、相当屈折してはいるだろう。

 
  そして、旧歌謡曲と新歌謡派の対比のさせ方が、
実はすでに歌謡曲界が用意している「健康法」の気もしないではない。
 ちょっと消化の悪そうなフォークを食するに当って、
新歌謡派という消化薬を一緒にというわけだ。
なにも、これは池田さんを非難しているのではない。
むしろ彼はけなげなほどまっすぐに自分のスタンディングポジションを
ぼくに公開している勇気のあるかたである。
彼にはこの深夜放送のあと、
第二次大戦後の日本に起きた「新シャンソン」の貴重な資料をいただいたりもしたのだ。

 そのように、時代感覚で歌を捉えていくことは
流行歌にとっては当然すぎるほどの方法なのだが、いかんせん、ぼくはまだ、若すぎた。
 ぼくは実験動物として池田さんの前でふるまっていた。
その場がなにかそれらしくおさまるようにと…
24歳。ほんとうに自信のかけらもない年頃であった。  



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