野沢省悟作品

『双眸』より



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 双眸がついに終刊号を迎えることになった。
その間、野沢省悟氏の身辺に起こった事は、
双眸全24号の描いたものと一致するのだろう。
ご苦労様でした、と言いたくなる。
 お許し下さい。


 
ウェブ頁の都合で、作品を横書きで読んでいただいています。
ほんとうは当然ながら縦書きです。
ある月刊誌に短歌の横書きには、
なみなみならぬ危機がひそんでいると書かれていました。
 僕のように五線の楽譜にある程度なじんでいると、
縦書きは、別の世界をのぞいている気さえします。
 多分この僕が今ふつうに持っている感覚が、
危機と指摘されていると思います。
 つまり、西欧の五線の楽譜に頼る音楽、歌唱もまた、
非難の対象になるのでしょう。

 この場では、ふつーにウェブに関わってくる方がたが、
ふつーにこのページを見られるように、
その問題には、目をつむらせていただいて、
しばらくは、横書きで掲載させていただきたいと思います。
野沢省悟・作品(各号よりピックアップ)
『双眸』第二十四号より
ひとときを同胞(はらから)として赤とんぼ

ある時は占い師なり冷えたトマト

天蓋に枝豆一個落としたまま

人呼んで歌留多の裏と申します

空気より軽い人生味噌おでん
『双眸』第二十三号より
一生に一度のささやきを点す

深爪を梅雨の運河と思いけり

虚無ふたつほど冷蔵庫から持って来い

蚊を知って人間の児が叩くもの

地獄より少し拙い鼻の下
『双眸』第二十二号より
たたまれて夜明けになってしまいけり

童貞の二字ふらふらと五月晴れ

子殺しと同じ齢の尾てい骨 

苺の花こぼれてからの蝶番

くしゃみして少しも変わらない運命

(三首目の尾てい骨の“てい”は漢字です、ほんとうは)
『双眸』第二十一号より
米の芯遠い雪崩を知っている

長生きの秘訣は箸の置き方に

焼きおにぎりになるのだったら焼かれたい

残雪のほとりで寅さんが笑う

ちゃぶ台に唯心論と花林糖
『双眸』第二十号より
恥骨という骨あり雪は大雪に

くつしたをゆるやかにぬぐ雪のおあしす

すっぴんの男でいることは辛い

化粧とは仮病のひとつめろんぱん

緩慢な自殺か酒の一雫
『双眸』第十九号より
仏とは女陰かと思う秋の水

息吸って尊いものを知っている

そうでしたえちぜんくらげだとしても

すみやかに去るつもりなりじんじろ毛

内閣総理大臣殿の薄笑い
『双眸』第十八号より
ありふれたコスモスの風ですが どうぞ

萩の花ゆれる夫婦にある痛み

糸こんにゃくの歯ざわり目覚めちゃったのよ

あおむけに蝿死ぬ窓ガラスの光

塩辛のぬめり 小泉のぬめり
『双眸』第十七号より
くさめして祇園精舎のかたつむり

鯵の尾の堅さ戦艦大和かな

紫陽花が乳房をこわごわと覗く

ねぶた引く真昼の蟻のくろぐろと

ねぶたの眼凍り貨物列車去る
『双眸』第十六号より
色気より食い気こぼれぬリラの花

踝を樹に閉じ込めておじさんに

目くそより鼻くそを待つ蟻地獄

憲法やゆるくねじれて葉桜は

で、戦後六十年の蛙の卵
『双眸』第十五号より
微笑うだけ氷柱を貰う内裏雛

ぜいにくというぜいたくとはるのゆき

胸鰭を開いて雪解川渡る

ゆるやかな袋小路にふきのとう

大腿にある湖を見せなさい
『双眸』第十四号より
『双眸』第十三号より
とぎれないためにほほえむ水の芯

裏口はふたつありますくりすます

白鳥飛来自愛のおなら音なしに

乳房には沈む林檎と沈まぬ林檎

歯を削る戦場遠く口を開け
『双眸』第十二号より
たましいをうらがえしたら満月に

鰯雲言葉わ呑み込んではならぬ

かっぱえびせん生きざまという落し物

美しい舌がどこかにあるという

途上にて秋刀魚の焼けるのをみている
『双眸』第十一号より
傾斜する傷しんしんと椿の実

芯からみどり二人は洗いたての夫婦

少し残ったコーヒー蜘蛛の巣の角度

歯こぼれはしないカサブランカの蕾

逃げること咲くこと薔薇の棘のこと
『双眸』第十号より
ほや裂いて冬のソナタのおつまみに

乾くことも生きているゆえクレマチス

すぐりの実揺れるガラスの夫婦かな

水星のつぎにうまれた薔薇の棘

青蛙ぴょこんと跳んで少女の死
『双眸』第九号より
ゆがんでるゆたかさふっくらと煮豆

屋根の傾き水と会話をしているとき

ふきのとう妻のこぼした羽毛の重さ

跡切れないささやきを待つ椿の朱

何を包もうと雪折れの枝の亀裂
『双眸』第八号より
暖流はゆるく激しく雪の

妻を愛す雀群れてる声の中

生き死にの果ての一本の産毛

子を産んで青を重ねるテロリスト

おめざめはどこの戦場ねりわさび
『双眸』第七号より
はつゆきやしみとおるまで落書きを

福神漬けの福とお肌の曲り角

手をつなぐ落ち葉と落ち葉はにかんで

痛痒いしあわせなどもななかまど

親殺し子殺し川の流れのように
『双眸』第六号より
ゆがんでることを楽しむ枯芒

目を洗うことで許してくれまいか

検尿のコップにゆるく川流れ

秋の風景いつまでも脛毛

冷夏の樹ソーラン節をひきずって
『双眸』第五号より
夏大根力抜くとき若返る

てんぷら粉男五十の夜のこと

枝豆を煮すぎたイラク派兵法

青鬼灯という火傷の痕

誰の夢なのか夏椿が咲いた
双眸』第四号より
金魚を掬うささやかな独裁者

すみれ草ねむる力もゆるやかに

すれちがうことなきひとに百合ひらく

木洩れ日をさする痴漢とらりるれろ

薇の渦きしきしと有事立法
なお上あたまの写真は、単に及川のイメージした野沢省悟の一部の印象です。
す、すみません。

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